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「北朝鮮兵、腕が燃えても突撃」…ウクライナ将校が驚いた「肉攻撃」
「2019年2月28日の『ハノイ・ノーディール』は、北朝鮮の金正恩・国務委員長にとって、これまで経験したことのない屈辱でした。その後、コロナまで重なり、金正恩は自らを孤立させる“闇落ち”の道を歩み始めます。
しかし誰が想像したでしょうか。わずか6年余り後、金正恩が習近平・中国国家主席、ウラジーミル・プーチン・ロシア大統領と肩を並べて北京・天安門の楼上に立ち、同等の待遇を受けることになるとは。
かつては冗談のネタにすぎなかった東北アジア最貧国の若い指導者・金正恩は、いまや祖父の金日成や父の金正日ですら享受できなかった、より高まった戦略的地位を誇示しています。
金正恩の“成功した闇落ち”は、どうして可能になったのでしょうか。そしてこの変化は、韓国の安全保障環境をどう変えてしまったのでしょうか。いま私たちは、格が変わってしまった金正恩を相手にしなければなりません。だからこそ、いま金正恩を研究するのです。
【ザ・中央プラス】金正恩研究 https://www.joongang.co.kr/plus/series/336」
「150〜200平方メートル(約40〜60坪)ほどの、私たちの陣地のすぐ前に、北朝鮮兵の遺体が16〜30体ずつ積み上がっていきました。それを見ても退却する北朝鮮兵は一人もいませんでした。」(先月5日、クルスク参戦のウクライナ海兵隊中佐)
「私たちは戦闘や攻撃作戦中、北朝鮮兵が戦死するとロシア軍が重火炎放射器でその地域を“掃除”する場面を何度も目撃しました。」(先月2日、アンドリー・チェルニアク ウクライナ国防省情報総局(GUR)報道官)「金正恩の軍隊」が派遣された場所、ロシア・クルスク戦線では、1日に何度も数時間ずつ濃い霧が立ち込めた。冬には日中でも気温が氷点下8〜9度まで下がった。
北朝鮮軍が投入されるという確実な情報が、ウクライナ軍の現場指揮官たちに伝わったのは2024年12月初旬だった。彼らは毎日、夜明けに霧を突っ切って突撃してきた。
しかし実戦経験が皆無だった北朝鮮軍は、血で現代戦の教訓を学ばねばならなかった。無謀な突撃の後に射殺される、という無限の繰り返し。ウクライナ軍関係者が「(人間の)肉攻撃」と呼ぶほど、序盤は北朝鮮軍の一方的な犠牲が続いた。
2019年の「ハノイ・ノーディール」の失敗を味わった金正恩にとって、ロシアのウクライナ侵攻は“機会の窓”を開いた。1万人を超える兵力を海外派兵するのは、金正恩にとっても賭けだった。
派遣された北朝鮮特殊部隊・第11軍団(暴風軍団)について、当初の見方は大きく割れた。多くは、10代後半から20代前半の“素人”兵力を弾除けとして送ったにすぎないという評価と、「党への忠誠心」で武装した北朝鮮特殊部隊の実力を過小評価すべきではないという意見が真っ向から対立した。
実際の戦闘力はどうだったのか。中央日報はこれを確認するため、先月初めにウクライナ現地を訪れ、北朝鮮軍と直接交戦した、あるいは関連情報に精通する軍・民間関係者に会った。彼らの視点をもとに、金正恩軍隊の実像を再構成した。
生き残った者にも、死んだ者にも、北朝鮮兵にとって人権とは贅沢だった。捕虜になる前に自決せよ、という金正恩の指示を、彼らの多くは実行した。事情に詳しい情報筋によれば、クルスクで2024年12月末に捕らえられた「北朝鮮軍第1号捕虜」は、ほどなく死亡した。国内メディアに数多く露出した捕虜のイ某(27)氏、ペク某(22)氏とは違い、彼は名前も、願いも残せないまま異国の納骨袋に収められた。北朝鮮が無反応の中、その遺体は今もウクライナ首都キーウのどこかの冷凍庫に、数か月にわたり保管されている。
※ウクライナ軍情報総局によれば、北朝鮮軍は依然としてクルスクに大規模に駐留し、ウクライナを攻撃している。北朝鮮軍は何のために、ここまで戦うのだろうか。URLをコピーしてアドレス欄に貼り付けてください。
引用元記事:https://n.news.naver.com/article/025/0003502538?ntype=RANKING
